プロレタリア文学運動と現代②
小林多喜二の「蟹工船」をめぐって
那賀支部 H ・ M昭
派遣労働者、非正規雇用の解雇などが大きな社会問題となり、80年前に書かれた小林多喜二の『蟹工船』が大量に売れ、読まれる状況が生まれた。
関西規模でのある泊まり込みの会議の夜のこと。宿泊所で酒が入った放談がはじまる。内外情勢から文学など自由に持論が展開される。年数回あるこの会議での夜の放談も楽しみの一つである。その場での話。
私が民主文学運動にかかわっている事を知っている元高等学校の国語教師のIさんがいわく、「おい、樋尻君、『蟹工船』ブームだって、一体何年前の作品だ?約80年前の作品だで、これはどういうことだ。現代の課題に応える作品が戦後の民主文学にないということと違うか?」半ば冗談、半ば真剣にである。そして現在100万部単位で読まれている村上春樹の作品の評価と意義を考える放談と続く。
『蟹工船』がいま新たな脚光を浴びていることは、この作品が80年を経てなお生命力をもつ傑作だという証明でもある。通常の小説には、必ずある特定の主人公はなく、ここでは、集団の労働者が主人公である。悲惨な労働現場とそれに抗する労働者が描かれ、最後には、末端職制から、国家の弾圧機構としての軍隊の本質、そして国際連帯の問題まで書き込まれている。
国賠同盟に加盟の皆さんは、『蟹工船』は読んでいるだろうと思う。しかし、派遣、非正規労働者、若者が『蟹工船』を読んで、感想文コンテストに応募して入賞した作品集『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』(白樺文学館)はあまり読まれていないのではないか、是非読んでほしいと思う。
希望のない虚無感に満ちた現実世界の労働と、労働内容が異なるものの、『蟹工船』の世界が本質的に変わらないことに共感しつつ、今、蟹工船での労働者のように団結し闘えるだろうかと自問する。
「『蟹工船』で書かれた暴力と支配は形を変えて存在する。しかし、私たちの同世代は、競争教育に導かれて過ごした青春時代……団結とか連帯とか言葉も知らない。いや、その言葉に不信さえ感じている。各自が、自分の為に自分だけの為に打開策を考えて実行することがあっても、団結することはないと思う」と。それでもなお連帯・団結の困難さを打開したいという意思を綴っている。(日本民主主義文学会会員)
雑誌『農民の旗』1933年3月号
(第2巻第1号)表紙 日本プロレタリア作家同盟出版部発行
2010.8.15 不屈和歌山県版 No.228 6面